求めない心

求めない心を意識すると、なんだかすごく楽だし楽しい。
ふわっと浮いてくる感覚は何なのだろう。
なーんにも求めないでいると、心の中がとても静かで落ち着く。
そういう姿勢を保つことが幸せに繋がるのだと確信している。

雑念

人生には二つの道があるようです。

一つは、雑念を観察して生きる道。

そして、もう一つは雑念を生きる道。

どちらも道を歩むのに違いはありませんが、中身は大きく違うようです。

なぜ、瞑想をするのかと聞かれれば、それは満ち足りた人生を歩むためと言います。

私が感じたのは、満ち足りた人生、幸福感を味わうには雑念が関わっているということ。

雑念を無くすことができないと知った以上、どう向き合うかが大事な感じがしています。

根気よく続けること

根気よく続けることによって得られるものがあります。

何事も根気よく続けることは大事だと思いますが、瞑想は特に大事だと感じています。

たかが瞑想、されど瞑想。

スピリチュアル好きのみなさんでさえ、瞑想が人生に与える影響の大きさに気づいていない人が多いのではないでしょうか。

特に今のような忙しく心を失っているような時代には、瞑想が必要だと感じます。

とはいえ、根気よく続けるのは大変かもしれません。

私は面白がったり楽しむようにやっています。

地道に根気よく続けていったら自分がどうなるのか、興味深く観察しています。

根気よくと言っても、苦しみながらやってもあまり意味がないので、無理は禁物。

焦らず力まず求め過ぎず、ゆったりのんびりやるのが心地いいですね。

一滴の海水と海

霊とコミュニケーションを取っていると、海の例えが伝わってくることがあります。

それは「一滴の海水が集まって海になっている」とか「一滴の海水を見るより海を見なさい」というものです。

一見、矛盾しているようなメッセージが、その時に応じて伝わってきますが、それが心にとても響きます。

小さいものを大事にしなさい、細かいことより大きく捉えなさいということですが、「なんだ、前と言っていることが違うじゃないか」「どっちなんだ」などと、余計なことを考えていると、その瞬間に必要なものを受け取ることはできません。

あるマスターと一か月の間に二回お話しする機会をいただいたことがありますが、そのとき一回目と二回目で真逆のことを言われたことがあります。

逆のことを言われたにもかかわらず、心にグーっと入ってくるものがありました。

本当に不思議ですが、確かにそうだったのです。

今の人生に満足しているなら今まで通り生きれば、そのまま満足した人生が続きます。

もし、何かが足りない、満足できないと感じているなら、頭にある今までの生き方を手放し、別の生き方を選ぶ必要があります。

霊やマスターが伝えてくださっている生き方を聴く機会があるなら、まずは一切疑わず、愚直なまでにそのまま実践してみることをすすめます。

そして得た実感を、素直に受け入れることです。

毎日毎日起きる当たり前のようなこと、地道にコツコツやるようなことはとても重要です。

小さくまとまらず、大きくとらえることも重要です。

一貫性などという概念にとらわれず、そのときそのときの変化に対応していくことが大切なのではないでしょうか。

自分でコントロールできることをやりましょう

自分でコントロールできることは限られておりますが、それを知り、意識することが大切です。

自分でコントロールできないことはできないので。さっさと手放して、コントロールできることをコントロールしましょう。

多くの人はどうにもできないことをどうにかしようとして、労力や時間を無駄に費やします。

どうにもできないことに対して、どんなに労力や時間を使っても、残念ながら何も変わりません。

私も過去、何度も何度も同じことをして、苦しい思いをしました。

経験にはなりましたが、あまり気持ちの良いものではありませんでした。

しなくて済むなら、しなくていい経験だったと感じています。

あるときから、そういうことをやめて自分でコントロールできることに意識を持っていったら、人生が一変しました。

気持ちが楽になり、いろいろなことを感じられるようになり豊かになりました。

無理をしていても何も変わらない。

自分にできることを、ただやっていくだけで、こんなにも変わるものかと実感したものです。

自分でコントロールできることに意識を向けて、取り組んでいきましょう。

心に余裕を

朝、来るときに日差しがあまりに気持ち良かったので、低い柵に腰を掛けゆっくりしていました。

その時に、

「心に余裕を持つように」

というメッセージが届きました。

ここ最近、日本全体のエネルギーは災害や経済的なことから余裕をなくしているようです。

調子が良い時は誰でも余裕を持てるもの。

こういうときこそ、心に余裕が必要です。

あなたの心の余裕が波紋のように広がり、あらゆる人に影響を与えるでしょう。

心臓の鼓動をゆっくりする余裕が、今こそ必要なのではないでしょうか。

行や瞑想

行や瞑想をやり込んでいる人は、対人関係、感情や思考、好みなど、いろいろな面で変化が起きます。

私は対人関係と感情面で表れました。

感情は強くなって、喜怒哀楽をより味わえるようになりましたが、それが爆発するとか人に当たり散らすとかそういう風にはなりません。

ただ、表現はします。

対人関係は、何かのタイミングで変わってきましたが、今もまた変わってきています。

特にプライベートでは、著しく変わってきています。

良いとか悪いとかそういうことではなく、変化というものを純粋に味わっています。

ちなみに行や瞑想をやり込んでいるいる人は、やっていない人とエネルギーが相当違います。

不老不死

不老不死なんていうと、夢物語か都市伝説かぐらいにしか認識されていなくて、他にはせいぜい鼻で笑われるかぐらいなものですが、それを本気で目指した人たちが昔からいます。

そして、それを実現した人たちがいます。

不老不死を実現した人たちと私たちとの大きな違いは死に関してです。

私たちにとって死は突然来るものですが、不老不死の人たちは死は選ぶものと言われております。

選ぶものと言っても、自殺という意味とはまた違います。

不老不死ならずっとこの世で生きていればいいと思うかもしれませんが、あなたなら時空に縛られた世界にずっといたいと思います?

私は、思いません。

もっと自由な次元に移動します。

それを強制的にさせられるか自分で動くかの違いです。

私は本気でそれを選びたいと思うし、選べるように日々行を積んでいます。

サグラダファミリアのように、未来に託す生き様も味があって面白いのではないでしょうか。

ホワイトセージ

今回行ったセドナとシャスタでは、両方でセレモニーを受けさせていただきましたが、特別なセレモニーでとても感動しました。

セドナで受けたカカオハートセレモニーでは、全身を浄化するのにホワイトセージを使っていました。

実際に受けて感じたのは、ホワイトセージの浄化の効果です。

ネイティブアメリカンと言えば、ホワイトセージとたばこの葉のイメージがあります。

浄化はホワイトセージですね。

あまり細かい物の販売は控えようと思っていましたが、良いものも手に入りましたしホワイトセージは置くことにしました。

あきらめることも大事

毎日生活をしていると、いろいろなことが起きます。

その多くが自分の意志では、どうしようもないことばかりです。

寝たいのに眠れないときがありますし、食べないでいたいのに食べてしまうこともあります。

呼吸をしたくなくてもしなきゃいけないし、地球に依存しなければ存在することさえできません。

身体の中の整理的なものや神経系なども意志の力ではどうにもなりませんし、知らない間に好きになってしまったり、嫌いになってしまったりもします。

選択できることもありますが、すごく限られていますね。

それならあきらめることも大事です。

眠れないなら無理に寝ようとせず、あきらめましょう。

次の日、すごく眠いかもしれませんが、それも経験です。

深刻な問題ではありません。

自暴自棄になってもいけません。

この世での借り物である身体は丁寧に大切に扱いましょう。

人生は旅です。

この世にいる間だけの旅になります。

旅ならいろいろなところに行き、いろいろな経験をした方が楽しいですよね。

なんでも思い通りにしようと執着せず、あきらめて自由になりましょう。

私たちは目に見えない多くのことにコントロールされています。

抵抗せず、偉大な力に任せた方が楽しいし楽ですよ。