欲が苦しみを作り出している

苦しみは自らの欲が作り出している。

欲がなければ苦しみは無い。

そう言うと欲を無くそうと思いがちだが、そうではなく欲が苦しみを作り出していることを知ることが大事だ。

多くの人は、欲が満たされないから苦しいと考えている。

欲が満たされればその時の苦しみは無くなるから、欲を満たそうと躍起になる。

もし、その欲が満たされたとしても、また次の欲が出てくる。

欲は無限なのだ。

鍛錬しない限り、欲が無くなることはない。

なので、欲を無くすのではなく、欲を受け入れることが大事だ。

「あー、この欲が自分を苦しめているんだな。自分で自分を苦しめているんだな」と受け入れること。

そうすれば、欲があっても苦しみは軽くなる。

ありのままに生きよう。

力を抜く

身体というのは上手くできていて、思考が働くと身体には力が入ります。

自然と歩くのと、考え事をしながら歩くのでは、肩の力の入り具合が変わります。

よく目標や目的を持つと良いと言われますが、そういう生き方は力が入った生き方になります。

力は抜けていた方がくつろげるので、あまり目標など持つことはすすめません。

それよりも、今目の前で起きていることを味わうと、それだけで力の抜けた楽しい人生になります。

いろいろ試してみると、体験を通してわかると思います。

思考に使うエネルギーを抑える

仕事などでは頭を使うので考える必要がありますが、日常ではできるだけ思考に使うエネルギーを抑えるようにしています。

例えば歩いているときに考え事をすると、目に映っているものに意識がいかなくなるので、歩いているけれど歩いていない状態になります。

私的にはそれは結構危険な感じがしていて、一事が万事、そんな感じで過ごすようになってしまいます。

食事をしていても、お風呂に入っていても、歩いていても心ここあらずでは、一体いつ心と身体が一致するのでしょうか。

結果、実感として一日何もしていなかったことになり、無駄な一日を過ごしたと後悔します。

私も経験があります。

それが無性に許せなくて、必死で自分を変えました。

やればできる、やらなければできない。

そんなシンプルな気づきが私には大きかった。

人がどんな人生を歩んでも自由ですが、もし自分の人生に何か足らないと感じている人がいたら、思考を抑えてみるのも一つの手になります。

あと、毎年恒例の年末の勉強会ですが、今年も開催する予定です。

12月29日の予定ですが、詳細が決まりましたらお知らせします。

意識次第でどうにでもなる

意識というのはとても重要で、意識次第でどうにでもなるのがこの世の中。

自分が常日頃、何を意識しているのかで人生が決まる。

どうでもいいようなことにエネルギーを使い続けると、何も起きず、それこそただ生きているだけになってしまう。

自分の意識がどこにあるのか、常に気にしていきたい。

それがとても重要な気がする。

本質を辿れば仕事もプライベートも同じ

生きるという本質からみると、プライベートも仕事も同じだということがわかりました。
隔ているのは観念で、現実は仕事もプライベートも同じです。
同じ出来事であり、起きている間中にする体験です。
だから、生きるために仕事をする、と聞くと、とても違和感を感じます。
生きるイコールプライベートになっていて、じゃ仕事をしているときは死んでいるのか?と感じてしまうようなニュアンスが含まれている気がしてなりません。
生活費や家のローンの支払いなどでお金を稼がなければいけないという意味合いだと推測しますが、もし本当にそれだとしても本質は変わりません。
昔、本質を見極めろとか本質を大事にするとか聞いても、何のことだかサッパリわかりませんでしたが、今は自分なりのものがあります。
私の場合、観念に振り回されないようにするために、瞑想で心を鎮める鍛錬が必要でした。
私の周りでは、瞑想を毎日しているという方が増えています。
そういう道を疑うことなく真剣に歩んでいる人を見ると、一段と身が引き締まります。
目の前で起きている現象の本質を意識して生きたいと思います。

ありのままを見る

ありのままを見る。 当たり前のようで、これがなかなか出来なかったりします。 ありのまま見ているつもりが、どうしても我がままになってしまいます。 理解した時点でありのままではないし、無意識に理解しようとして思考や観念が入るので、ありのままがどうしても我がままになってしまいます。 今が幸せで喜びに満ち溢れているなら、そのままでいいと思います。 でも、もし人生に何かが足りないと感じているなら、物事をありのままみれるように鍛錬する必要があります。 何もせず、今のままいれば、おそらく何も変わらないでしょう。 鍛錬に鍛錬を重ねて、本質的な部分から見つめなおしていきましょう。 それが大きな第一歩になるのではないでしょうか。

静寂

ありのままでいると、内側が静かになります。
静寂なくして、生きていることができない感じがしています。
この世を去るまで、しっかり生きていたいなぁ。
もう少し外側の世界も静かだと落ち着きますが、今は今の環境が合っているようなので、このままで静かに過ごします。
一日中、寛いだり外を眺めたりしながら、のんびりお茶を楽しんでいますが、まるでお爺ちゃんです。笑
人生の大先輩方は、悟りの姿を見せてくれているのですね。

この時期だからこそできること

こういう特殊なタイミングでは、こういうときじゃないとできないことにチャレンジしたいですね。

その一つがサイレントリトリートという瞑想の行。

去年は5回も海外に行きましたが、それもそういうタイミングだったのでしょう。

私のとって今はサイレントリトリートのタイミングなんだと思います。

5月2日にサイレントリトリートの正しい実践方法を聞かせていただいたのも縁だと感じています。

9日間、出来るかわかりませんが、チャレンジしたいと思います。

口は禍の元

カウンセリングを始めた時から感じていたことですが、本当に口、言葉が禍(災い)をもたらしていることがあります。

言葉一つで自分を波長を落とし、トラブルを作り、人との縁を切っていきます。

霊たちもよく伝えてきます、「言葉には気をつけなさい」と。

「なぜ、それを相手に言ってしまうのか」

「言うだけならタダ・・・もっと大事なものを失っているんだよ」

「なぜ、もっと普通に言えないのか」

「余計な一言」

何度思ったことでしょう。

一度、出してしまったものはもう取り返しがつきません。

自分に意識が向いていないのでコントロールできないのかもしれません。

いろいろな状況や場合によって違うので一概には言えませんが、一般的に言うか言わないか迷ったら言わない方が間違いなく得策です。

言うタイミングの時は迷わないので、迷うということはその時ではない可能性があります。

口は禍の元。

本当に先人の方々は良いこと言いますね。

マスターの方々は、「しゃべることで口からエネルギーが漏れる」と言います。

言葉は大切なコミュニケーションの一つですが、余計なことは言わない方が身のためになります。

みんなで気をつけましょう。

量が大事というサトリ

特に食事に関しては、本当に量が大事になってきます。
質の良いものを少量が理想ですが、今の環境ではなかなか質を求めるのは難しい部分もあります。
ジャンクフードでなければ、良いと思います。

とにかく食べる量を減らすことをすすめます。
一日一食でも量が多かったら意味がありません。
一食の量、一日の量のコントロールが運動をするより健康には大事です。
食べる量が増えると確実に五感が鈍くなりますので、感受性も落ちてしまいます。
健康で人生を歩むなら、食事の量は絶対だと感じています。

逆にワークショップやカウンセリングでお伝えしているヒーリングなどは、量を増やすことが大事です。
一分でも長く、おこなうことをおすすめします。
理想は15分以上ですね。
まずは、量にこだわってみてください。